2002年7月5日
形状記憶合金に関する講習会 -形状記憶合金の基礎から応用まで-


形状記憶合金の基礎

豊橋技術科学大学 生産システム工学系
土谷 浩一


1. はじめに

 TiNi合金(通称ニチノール)に代表される形状記憶合金は,超弾性や形状記憶効果というユニークな性質を示し,携帯電話のアンテナ,眼鏡フレームからコーヒーメーカー,炊飯ジャー等の家電製品まで様々な分野で実用化されている身近な機能材料である。
 しかし既存の合金の高性能化,新合金または製造プロセスの開発等,形状記憶合金に関する研究は最近ますます盛んであり,マイクロマシンのアクチュエータやステント・カテーテルなどの医療機器等の新しい応用範囲も拡大しつつある。
 本講ではこの様な形状記憶合金の特性である形状記憶効果と超弾性の原理について説明するとともに,TiNi系形状記憶合金の性質,新しい形状記憶合金の開発の現状についても述べる。




2. 形状記憶合金の性質

 図1には形状記憶合金の線材試料を引っ張り試験して得られる典型的な2種類の応力歪み曲線を示した。図1(a)では,試料を引っ張ると比較的低い応力で変形し,除荷すると歪みが残留する。
ここまでは一見普通の金属材料と同じであるが,違うのは加熱によって残留歪みが消滅することである。つまりあたかも試料が自分の元の形状を記憶している様に振る舞うので形状記憶効果と呼ばれる。
 図1(b)では試料を引っ張って生じた歪みが除荷時に回復する。この時の回復歪みは数%に達し通常の金属の弾性変形限を遙かに超えており超弾性と呼ばれる。
 図1(a)と(b)は一見全く異なる性質であるが,いずれもマルテンサイト変態という相変態に起因するという事を以下に説明する。


 図1 (a)形状記憶効果,(b)超弾性を表す応力歪み曲線.




3. マルテンサイト変態と形状記憶効果・超弾性

 マルテンサイト変態 (martensitic transformation)では図2に示した様に結晶中の原子が剪断変形的に連携移動して結晶構造が変化する。原子の長距離拡散を必要としない無拡散変態の一種である。ここで“剪断変形的”とは変態の前後での体積変化が非常に小さいことを意味する。


 図2 マルテンサイト変態の模式図.1つの方位の母相から異なった方位のマルテンサイト兄弟晶A, Bが生成する.


また“連携移動”とは変態の前後で結晶中の原子に1対1対応を見い出すことができ,さらに変態前後で組成に変化がないこと,原子の規則配列が保存されること,結晶方位関係が存在することを意味している。析出や規則不規則変態等,拡散変態ではこの様な事は起こり得ない。
一般に高温相を母相,それを冷却した際にマルテンサイト変態で生じる相をマルテンサイト相(以下ではM相と呼ぶ)と呼ぶ。
 形状記憶合金では母相は立方晶の場合が多くM相は正方晶,直方晶など母相に比べて対称性の低い構造になることが多い。その為,1つの母相結晶から複数の方位のM相が生成する。これらを兄弟晶 (variant)と呼ぶ。兄弟晶はお互いに双晶関係にある。冷却で生成したM相ではこれらの兄弟晶がお互いの剪断歪みを打ち消し合うように配列し歪みの自己調整組織を形成するため試料の表面に起伏が観察される。Ni-Mn-Gaにおける表面起伏の観察例を図3に示す。
 マルテンサイト相が現れる温度(M変態温度)は電気抵抗・熱量測定等様々な方法で測定する事ができる。図4にはTiNi合金についてDSC(示差走査型熱分析装置)によって変態温度を測定した例を示す。高温の母相状態から冷却すると70℃付近で発熱反応のピークが見られる。このピークはM変態に起因するもので,ピークの立ち上がりの温度をM変態開始温度(Ms点),低温側の裾の温度をM変態終了温度(Mf点)と呼ぶ。つまりM変態はある温度で試料全体が一度にM相になるのではなく,ある温度範囲で徐々に起こる。
 Mf点以下ではほぼ試料全体がM相である。これは加熱すると100℃付近で吸熱を伴って母相に逆変態する。冷却時と同様にM逆変態開始,終了温度(As, Af)が定義される。M変態と逆変態の間には数10℃程の変態ヒステリシスがある。


 図3 Ni-Mn-Ga系形状記憶合金の表面起伏の光学顕微鏡写真.

 図4 DSC測定によるマルテンサイト変態温度の決定.TiNi合金.


 Mf温度以下でM相状態の試料に力を加えると,図5に示した様に双晶変形による兄弟晶の変換・再配列が起こり,負荷方向に最も大きな歪みを発生するような兄弟晶の割合が増え,それによって巨視的な変形が生じる。しかしいずれの兄弟晶も元は同じ母相から生じたものなので,加熱して母相に逆変態させると変形前の形状が回復する。これが形状記憶効果の機構である。
 それに対して超弾性はAf点以上の温度で母相状態の試料に力を加えた時に起こる。図6にその機構の概略を示した。超弾性では母相に応力を負荷する事でM変態が誘起され,応力方向に最も大きな歪みを与える方位のM相結晶が成長することで歪みが発生する。しかしこのM相は応力下のみで安定に存在しうるもので,除荷すると母相に逆変態し,歪みも消滅する。つまり,超弾性における歪みの発生・消滅は応力誘起M変態・逆変態による。
 以上の様に同じ材料でも低温のM相状態で変形するか,高温の母相状態で変形するかによって全く異なった挙動を示すのが形状記憶合金である。


 図5 形状記憶効果.
 

  図6 超弾性.




4. 形状記憶合金の熱力学

 変態温度・変態誘起応力は母相とM相の熱力学安定性の差で決まるので,自由エネルギーの議論が必要である。母相,M相それぞれのGibbs自由エネルギーを以下の様に表す。
    G p = H p−TS p      (1a)
    G m = H m−TS m      (1b)
ここで,G p,m, H p,m, S p,m, は,各相lモルあたりの自由エネルギー,エンタルピー,エントロピー,試料長さ,Tは温度である。添字p, mは母相,M相を表す。エントロピーは狭い温度範囲では近似的に一定みなせるので (1a),(1b)式は図7に示した様に温度を横軸にとると直線で表す事ができる。変態温度T0 (母相とM相の熱力学的平衡温度)は両相の自由エネルギー差,
    ΔG m→p = ΔH m→p −TΔS m→p     (2)
がゼロになる温度,つまり図で2つの直線が交差する温度T0 として,以下の様に定義される。
         (3)
ここでΔH m→p=Hp−Hm,ΔS m→p=S p−Smである(これらはいずれも負の値となる)。しかし図4に示した様に実際に観測される変態温度はこのT0 とは異なっており,M変態と逆変態で異なっている。この原因を理解するには(1a,b)式で表される両相の化学的自由エネルギーの他に母相の内部に新たにM相ができる事で生じる界面エネルギーや歪みエネルギーの増加を考慮しなければならない。
これらをまとめて非化学的自由エネルギーと呼びG nonchem (>0)と表すと,(2)式は
    ΔG m→p = ΔH m→p −TΔS m→p + G nonchem     (4)
となり,変態温度は以下の式で表される。
         (5)
ここで右辺第2項は負なので変態温度は化学的自由エネルギーのみを考慮した場合よりも低下する。図7の自由エネルギー線図で考えると,M相のエネルギーが母相のエネルギーに対して非化学的自由エネルギーG nonchemの増加分を補えるくらい低くなった時に初めてM相が生成できると理解できる。同様に考えると逆変態温度が T0 よりも高くなる事も理解できる。つまり変態ヒステリシスの原因はこの非化学的自由エネルギーである。


 図7 マルテンサイト相と母相の自由エネルギー線図.


 次に超弾性について考える。その為には外力のする仕事を考慮して自由エネルギーを書き直せばよい。長さ l0 ,断面積 A の母相の単結晶の試料に引っ張り力F を加える(図8)。母相・M相試料が力 F を受けた時の試料の長さの変化をδl とし,F が試料にする仕事 Fδl をモルあたりに換算して(1a),(1b)式に付け加えれば良い。
    G p = H p −TS p + Fδl p (VM / V)     (6a)
    G m = H m −TS m + Fδl m (VM / V)     (6b)
ここで,V M はモル体積である。この時の両相の自由エネルギーの差は
    ΔG m→p = ΔH m→p −TΔS m→p + FΔδl m→p (VM / V)     (7)
となる。ここで母相とM相の弾性変形は無視できるとし,長さ変化がM変態による形状変形(剪断変形)のみで生じるとすると
    Δδl m→p =−δl m
である。


 図8 引っ張り応力によるマルテンサイト変態と形状変化.


 図8に示した様に引っ張り方向と母相/M相界面法線の角度をφ,M変態における剪断変形方向との角度をλ,その方向の剪断応力をτ,変態歪みをγとすると,以下の関係が成り立つ。
         (8)
これらを用いると(7)式の右辺第3項は,
    FΔδl m→p (VM / V) = −τγVM     (9)
となる。
したがって,
    ΔG m→p = ΔH m→p −TΔS m→p −τγVM     (10)
つまり図9に示した様に自由エネルギー差が(9)式の分だけ減少する。また外力によって剪断応力τが晶癖面に作用している時の平衡温度は,
         (11)
で与えられ,第2項の分だけ平衡温度は上昇する事になる(ΔS m→p < 0)。この平衡温度の上昇が超弾性である。
 またある温度T( > T0 )でM変態を誘起するために必要な応力は,
         (12)
で与えられ,応力負荷温度と平衡温度の差をδT とすると,
         (13)
となり,図10に示した様に δT に比例して増加する。しかし,試験温度が高くなりすぎると母相の降伏応力を越えてしまい,塑性変形が起こるので完全な超弾性を示さなくなる。従って超弾性の得られる応力範囲を広くするには母相の降伏応力を高くする必要があることが解る。
 M変態はここで考察した一軸応力以外にも磁場・静水圧等の様々な外場の影響を受ける事が知られているが,これらについても同様な熱力学的考察が可能である。


   図9 外部応力による変態温度の変化.


 図10 変態誘起応力,降伏応力と温度の関係の模式図.




5. 形状記憶合金の結晶学 - 晶癖面,格子変形と格子不変変形 -

 図4に示した様な形状記憶合金の組織を眺めて気がつくのは,兄弟晶間の界面が常に一定の方向である事であろう。兄弟晶間の界面は図2を見て解る様に元は母相/M相界面であるので,元をただせば母相/M相界面が常に一定の結晶面に平行であることを示している。この様な面をM相の晶癖面という。  既に述べた様にM変態は無拡散変態なので,母相とM相の結晶には必然的に方位関係が存在する。ある合金が形状記憶効果を示すためには母相/M相の界面における原子面の整合性が高い事が非常に重要である。界面の整合性が高い場合は易動度が高く前述した非化学的自由エネルギー項が小さくなり,変態ヒステリシスの小さい,可逆性の良い形状記憶効果を示す。逆に整合性が悪い場合は界面に転位などの格子欠陥が蓄積し,易動度が低下し可逆性が悪くなる。
 無拡散変態による構造変化と方位関係・晶癖面についてfcc-bcc(bct)変態を例にして考える。
図11にはfcc格子の単位胞を2個並べて描いてあるが,太線で描いた格子は軸比 c/a が1.41(= √2)のbctになっている。この格子をbccにするには, c/a = 1となる様にz軸方向に格子を縮め,x・y方向に伸ばせば良い。この様に結晶格子を均一変形して別な格子にする操作を一般に格子変形 (lattice deformation)と呼ぶ(この図の例では格子変形は特定の方向への伸縮だが,一般には伸縮と剪断の組み合わせで起こる)。図11の様なfcc-bccへの構造変化は特にベイン変形と呼ばれる。またこの図から や(111) p // (011) M の様に結晶方位,結晶面の間に一定の対応関係が成り立つことが解る。
これらの関係を格子対応(lattice correspondence)と呼ぶ。


 図11 ベインの格子対応.


 可逆性の良い形状記憶効果を得るには母相/M相界面が無歪み,無回転の面であることが理想である。その様な面を不変面 (invariant plane)と呼ぶ。以下にベイン変形(一軸伸張)と剪断変形を例に考える。図12には単位球の形の結晶が剪断変形(a)またはベイン変形(b)した場合を示した。図12(a)では単位球がxy平面に平行な剪断変形を受けて楕円体になっている。この場合COD面は剪断変形によっても全く変形を受けず回転もしない,つまり不変面である。またAOB面は剪断によってA'OB'面に移るが線分ABとA'B'の長さが等しい事から解る様にこの面は剪断変形によっても変形しない無歪面である。


 図12 剪断変形(a),ベイン変形(一軸伸張)(b)による単位球の変形.


 一方ベイン変形の場合には無歪面,不変面が存在しないことが解る(線分AOB,CODの長さは変わらないが紙面に垂直な方向には歪んでいるのでAOB面,COD面は無歪面ではない)。この場合に不変面を得るにはAOB面またはCOD面のいずれかが無歪面になる様な剪断変形が必要になる。この剪断変形は結晶格子そのものを変えないので格子不変変形 (lattice invariant shear)と呼ばれる。実際の結晶では格子不変変形は図13に示した様に双晶変形(または積層欠陥)とすべりの2種類がある。つまり格子変形で生じた剪断歪みを界面でできるだけ緩和する為にナノスケールでの欠陥が導入される。
 さらにこれに格子不変変形で生じた回転を補正するための剛体回転を加えた変形を不変面歪 (invariant plane strain)と呼ぶ。
 格子不変変形が双晶変形である場合良好な形状記憶効果が得られる。


 図13 格子不変変形.




6.形状記憶合金の特徴

 以上,主に形状記憶効果・超弾性とM変態の関係について述べてきたが,M変態を起こす合金が全て形状記憶効果を示すとは限らない。最も良く知られた例は鉄鋼材料のマルテンサイト変態である。この場合はγ相(fcc)から炭素を過飽和に固溶したα相(bct)への変態であるが,変態に伴う体積変化が数%と大きいために変態時に多量の格子欠陥が母相・M相に導入され,変態の可逆性が著しく低下するため形状記憶効果を示さない。これに対して形状記憶効果を示す合金ではM変態に伴う体積変化が1%以下であり,変態に伴う歪みは前節に述べた様な機構で緩和されるため可逆性のよい変態となる。この様なM変態を熱弾性型M変態,鉄鋼材料の様に可逆性の悪い場合を非熱弾性型M変態と呼ぶ。
 同じ鉄系合金でもFe-Pt合金は熱処理によっては変態ヒステリシスが小さくなり形状記憶効果を示す様になる。この合金の変態挙動を電気抵抗測定で調べた例を図14に示す。曲線(a)は溶体化処理温度から焼き入れた場合で試料はFe-Ptの不規則固溶体である。この場合は変態ヒステリシスが400℃以上あり非熱弾性型である。この試料を550〜650℃で時効するとL12 構造への規則化が起こり,曲線(b)の様にヒステリシスが大幅に減少し熱弾性型M変態となる。これは主として規則化による母相・M相の機械的強度の増加による。また,母相の規則構造はM相が母相に逆変態する際の剪断の方向を限定する働きがあることが清水らにより指摘されている。形状記憶合金の殆どが規則合金であるのはこれらの理由による。


 図14 Fe-23at%Pt合金における電気抵抗-温度曲線.(a) 不規則状態,(b)規則化処理後 [1].




7. TiNi系形状記憶合金の特性

 TiNi合金はすぐれた形状記憶特性・超弾性特性を有し現在最もよく用いられている形状記憶合金である。図15にTi-Ni系合金状態図を示す。この中で形状記憶効果を示すのはB2構造を有するTiNi相である。等比組成付近での低温における相境界は明らかではないが,50.0〜50.5 at%Niの範囲ではTiNi単相が得られるとされている。図16に合金組成とM変態温度の関係を示す。Ni濃度が50at%以下で変態温度が一定となっているのはこの範囲ではTiNi相の組成が不変な為である。Ni-rich側では変態温度はNi濃度に非常に敏感である。Niを50.5at%以上含む合金では熱処理によって相分解が起こる。この過程は西田らによって詳しく調べられており,
    (i) 680℃以下の時効:TiNi→TiNi+Ti3 Ni4 →TiNi+Ti2 Ni3 →TiNi+TiNi3
    (ii) 680〜750℃:TiNi→TiNi+Ti2 Ni3 →TiNi+TiNi3
    (iii) 750〜800℃:TiNi→TiNi+TiNi3
となることが明らかになっている。図17に西田らによって測定されたTTT線図を示す。
これらの相分離過程でTiNi相中のNi濃度は減少するのでM変態温度は上昇する。この中でTi3 Ni4 は析出初期は母相との整合性が良く,M変態を妨げずに母相を強化する為形状記憶特性を改善する。またTi3 Ni4 の周囲の整合歪み場が良好な2方向形状記憶効果をもたらすことが知られている。


 図15 Ti-Ni合金状態図[2].
  
   図16 TiNi合金におけるM変態温度とNi量の関係[3].


 図17 Ti-52at%Ni合金における析出過程のTTT線図[4].



 充分焼き鈍した状態のTiNi合金のM変態は母相(B2相)→M相(B19'相)の1段であるが,加工歪みが残っている場合はB19'相に変態する前にR相と呼ばれる状態を経由する。この様な2段変態を示すTiNi合金のDSC曲線を図18に示す。R相の特徴はB19'相に比べて変態歪みが約1%と小さい事,変態熱・変態ヒステリシスが小さい事である。


 図18 加工組織がTi-50.2at%Niの変態挙動に与える影響.70%冷間圧延後各温度で1時間熱処理後のDSC曲線の変化を示す[5].


 M変態・R変態による形状記憶効果における回復歪・応力を測定した例を図19に示す。この例では200MPaの応力をかけて母相から冷却するとR相変態,M変態により5%程度の延び歪みが生じるが,加熱すると逆変態により歪みが回復する。つまり回復時には少なくとも200MPaの応力を発生することが解る。負荷応力を変えて同様な測定を行った結果を図20に示す。この様にR相変態・M変態とも300〜400MPaという大きな応力を発生する事が解る。


 図19 Ti-50.2at%Ni合金における応力下(200MPa)熱サイクル.

 図20 Ti-50.2at%Ni合金におけるR相変態,M相変態による回復歪みと負荷応力の関係.


 次に,TiNi合金の特性を圧電セラミクス・超磁歪材料等の他のアクチュエータ材料と比較する。図21は各種アクチュエータ材料について動作速度とエネルギー密度を比較した図である。エネルギー密度は(発生応力x発生歪み)で与えられる。形状記憶合金は他の材料に比べて3桁ほど高いエネルギー密度を有する,非常に高出力のアクチュエータ材料である。ただし問題は動作速度が遅い(空冷の場合〜10 Hz)ことにある。これは材料の熱伝導に律速されるためであり,改善するには薄膜の様に比表面積をできるだけ大きくするか,変態温度をできるだけ高くする必要がある。


 図21 各種アクチュエータ材料と形状記憶合金の特性の比較.


 TiNi系形状記憶合金がこの様な大きいエネルギーを発生できるのは相変態を利用しているからである。DSCで測定されるM変態熱は約20 J/g〜130x106 J/m3であり,変態歪みを5%とすると2600MPaの応力を発生できる事になる。後述するが磁歪材料でこの程度の大きさのエネルギーを発生させえるには非常に大きな磁場が必要になる。この事からも材料に内在するエネルギーを利用した形状記憶合金がすぐれたアクチュエータ材料であることがわかる。




8. 新しい形状記憶合金と製造プロセス

 現在最もよく使われているTiNi合金にも欠点がある。例えば,
    (1) 変態温度が100℃以上にならない。
    (2) 加工性が悪い。
    (3) 動作速度が遅い。
等である。これらの問題点を補うための新合金,新製造プロセスの開発について簡単に述べる。
 (1) に関してはTiNiをベースに第3元素を添加するして改善する試みが多く行われているが,Hf, Pd等高価な元素を添加する必要があることが解っている。またNi-Al-Mn,Ti-Pd,Ti-Hf等ではMs温度を100℃以上にできるが,機械的性質や材料コストに問題があり,いずれも実用には至っていない。
 (2)について,TiNi合金はB2型の金属間化合物としては比較的延性に富む材料であるが,それでも加工に伴うコストは非常に大きい。市販されているものは線材が殆どであり,薄板は非常に高価である。筆者らは最近,TiNi合金の薄板を低コストで大量生産する方法として積層圧延材を利用する方法を提案している。この方法では純Ti,純Ni板を交互に200枚程度積層した物を圧延して積層材の薄板とし,その後熱処理して合金化する方法である。図22にこの方法で作製した厚さ50μmのTi/Ni積層フォイルの外観と断面のSEM写真を示す。この積層材に適当な熱処理を加える事でTiNi合金のフォイルが得られる。このフォイルの形状記憶効果を図23に示す。


 図22 積層圧延を利用して作製したTi/Ni積層フォイル(50μm)の外観(右)と断面SEM写真(左).


  図23 Ti/Ni積層材を熱処理して得られたTiNi合金フォイルの形状記憶効果。室温で花状に曲げたフォイル(左),加熱後の形状(右).

 (3)に関しては温度駆動に変わる新しい動作原理の形状記憶合金を開発する必要がある。その候補の一つが強磁性形状記憶合金でありNi-Mn-Ga,Fe-Pd,Fe-Pt,Co-Mn-Ga,Co- Mn-Al等様々な合金系が最近盛んに研究されている。この合金は形状記憶合金の性質と磁性体の性質を併せ持ち,温度・応力以外にも磁場で形状変化を得る事ができる。例えば強磁性マルテンサイトに外部磁場を負荷すると磁場誘起双晶再配列により歪みが生じる(図24)。この歪みは形状記憶効果で生じる歪みと同じで,Ni-Mn-Ga系合金の場合は約5%の歪みが報告されている。また熱伝導による律速を受けないので高速動作(〜kHz)が可能である。
 この機構では対称性の低いM相の高い結晶磁気異方性エネルギーを利用する。Ni-Mn-Ga合金では異方性エネルギーは105 J/m3程度で,応力に換算すると約20MPaになりTiNi合金の形状記憶効果よりも1〜2桁低い値となる。従ってこの機構で発生応力を高くするには磁気異方性を高くする合金設計が必要である。


  図24 磁場誘起双晶変形(双晶磁歪)の機構.




9. 終わりに

 以上,形状記憶合金の特性とマルテンサイト変態の関わりを中心に述べてきた。できるだけわかりやすく書く様に心がけたつもりだが,時間の制約もあり,余計なところ,回りくどいところ,説明の足りないところが多々あると思う。ご容赦頂きたい。この材料に興味を持ってもらうには実際にTiNiの線材等を曲げたり暖めたりして形状記憶効果を“体験”してもらうのが一番である。この様な大きな形状変化が無数の原子が一斉に連携移動して起こる様子を想像するとまるで奇跡の様にすら感じる。一人でも多くの技術者・研究者に同じ驚きを味わってもらい,新しい応用を開発するのに本稿が少しでも役に立てば幸いである。


参考文献

[1] D. P. Dunne, in "Displacive Transformations and Their Application in Materials Engineering", TMS, (1998) 133-140.
[2] M. Nishida, C. M. Wayman and T. Honma, Metall. Trans., 17A(1986) 1505.
[3] G. F. Bastic and G. D. Rieck, Metall. Trans., 5(1974) 1817.
[4] W. Tang, Metall. Mater. Trans., 28A(1997) 537-544.
[5] 中山 博行,修士論文,豊橋技術科学大学 (2000).
[6] G. B. Stachowiak and P. G. McCormick, Acta Metall., 36(1988) 217-297.